講師の紹介

日本統合セラピー協会では、米国のプロフェッショナルにひけをとらないセラピスト/カウンセラーを育成するために、日米両国での勉強や実践経験を持った者が講師を務めております。さらに、大学・大学院での講師経験や、企業でのトレーナー経験、その他研修講師、本の著作・翻訳、そしてもちろん多くの個人セッション経験などを持つ、日本有数のセラピストでもあります。

当協会では、以下のような基準で講師を招集しております。

  • プロフェッショナルセラピスト/カウンセラーとしての理念をしっかり持っている方
  • トレーナーとして相応しい、スキルと経験、自己洞察力のある方
  • トレーナーとして教えていることを、自らが実践している方

また、日本に初めてニューエイジ、ニューサイエンス、ホリスティック医学、トランスパーソナル心理学などの分野を体系的に紹介した、あの吉福伸逸氏にもご協力いただいております。

こんな講師陣を召集できたからこそ、このような本格的なプログラムを開発・提供できているのです。

セラピスト養成プログラムの講師

レベル1 担当講師 レベル2・3担当講師
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ティム・マクリーン 高岡よし子 向後 善之 高野 雅司

特別講師

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吉福 伸逸

経歴

著述家、翻訳家、セラピスト。早稲田大学文学部を中退し、ボストンのバークレー音楽院へ留学。ジャズ・ベーシストとして活躍後、カリフォルニア大学バークレー校にて東洋思想やサンスクリットを学ぶ。(株)C+Fコミュニケーションズ、(有)C+F研究所を創設。日本に初めてニューエイジ、ニューサイエンス、トランスパーソナル心理学などの分野を体系的に紹介。またこの分野の草分け的存在のケン・ウィルバーやグロフ夫妻とも交流を暖めてきた。著書に『トランスパーソナルとは何か 増補改訂版』(新泉社)、『トランスパーソナル・セラピー入門』(平河出版社)、河合隼雄 氏との共著に『宇宙意識への接近』(春秋社) 翻訳に『意識のスペクトル』(春秋社)、『無境界』(平河出版社)、『タオ自然学』(工作舎)等その数はなんと80冊を越える。1989年以降、ハワイ在住。

特別講師インタビュー

代表 セラピスト養成プログラムの特別講師である、吉福さんにインタビューをさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。 早速ですが、日本のセラピストあるいはこの業界の問題点について、どのように捉えていらっしゃいますか?

吉福 各種療法家やカウンセラーに限らず、さらに、日本だけにも限らない世界中で起こっている問題で、なおかつ最大の問題というのは、自分がやっているやり方、つまり、人によっては特定のシステムや特定の協会、特定のところで学んできた自分のやり方しか知らなくて、それが一番いいと思っていることです。自分のやり方で、何でもできると思ってしまう… それが最大の問題だという気がします。

代表 それは派閥ということでしょうか?

吉福 そうですね。何々派、何々派という、派閥ですね。例えば、セラピーやカウンセリングの技法には、いろいろあるじゃないですか。それら一個一個のいろいろな部分を持ち込んできてクライエントの方に対応するというよりも、自分のやり方そのものが一番いいんだということで、その中にクライエントの方を取り込んでいく傾向が、すごく強いと思うのです。これがやはり最大の問題だという気がします。それによって、セラピスト/カウンセラーとクライエントという関係から抜けられなくて、属している特定の流派のシステムの中での仕事になっている…それがやはり最大の問題ですかね。

代表 それがあると、どういう事が起こりえるのでしょうか。

吉福 調子の悪い人でもそうですし、そうでない場合の人でもそうですが、人を鋳型にはめたみたいに、その中に収めていき、その人に評価を出しているということをやっているのです。要するに一方的になってしまうということです。一方的である上に、人によっては非常に遺憾に思う人もいるだろうし、意外に感じる人も出てくるだろう。人によっては反応する人もいるかもしれないけれど、そのあたりが一番、僕は大きな問題だと思うのです。つまり、派閥の問題の上に、クライエントとセラピスト、クライエントとカウンセラーという関係性から抜けられないところで、物事を片づけようとしてしまうということなんですよね。もちろん、出会いはその形で出会うしかないとは思うのですが、その後は、そういう垣根がはずれていくのが、僕は最も望ましい形だと思うのです。同じところに立つ。同じ人間としてつき合っていく。互いを知り合っていく。そこに行かないと意味がない気がするのです。

代表 そうしないと相手の心が開かないということですか。

吉福 いや、そんなことはないと思うのです。ぎりぎりの淵(ふち)に立っている人というのは「わらをもすがる」というじゃないですか。心は開いてはくるのだけれど、セラピスト/カウンセラー側、クライエント側が、いつもと同じように誰に対しても同じように対応してしまって、助ける側が開かないということが最大の問題なんです。

代表 そうすると上下関係みたいなものができるのですか。ある程度境界は必要だとは思うのですが。

吉福 境界はもちろん必要ですよ。必要ですけれど、上下関係のような感じで、教える人と教えてもらう人、救う人と救ってもらう人という関係から、はずれていきにくいということです。

代表 ということは依存関係が生まれたり?

吉福 そうですね。

代表 ある意味支配的な感覚になってしまったり?

吉福 2人の人がいて人間関係ができ、片方が片方に依存するという形になっていくと、一方的じゃないですか。そういう依存関係ができあがってしまうと、逆に依存されるほうの人が何かしようと思えば、十分にできるということになりますから。そういう危険性が存在するのです。依存関係というのはセラピーの上では、基本的にどうしても起こることなのです。トランスフィアランス(転移)を起こして、初めて一種の信頼感みたいなものが出てきたりしますよね。でも、僕はそういうのがないほうがいいとは思うのだけれど… 人間性心理学では基本的に、トランスフィアランス(転移)を起こさず、いかにして治癒的治療的な関係性がつくれるか、というところにあるのです。実際、セッションでも、ある種、依存関係はできあがっているわけです。何らかの依存関係がないと、信頼感を培っていくことはできないですからね。ですからその関係性を踏まえた上で、それに依拠せずに対応するというのがすごく大切なのです。要するにいかに相手の依存をぶち壊していくのか。それはもう、ゆっくりですよ。相手のペースに合わせてぶち壊していって、この部分の依存性がなくなってもしっかり立っていられるように、ゆっくりと幻想を取っていく必要がありますね。

代表 そうすることによって、相手の本当の自立が生まれるということでしょうか。

吉福 そうですね。実態としては、依存傾向の強い人というのは、一つの依存がはずれると、また別なところにというように、とどうしても次々と依存が変わっていくのです。次に依存できるものがないと、一回依存しているものを絶対手放そうとしませんから。ただ現実は、その依存の仕方が少しずつでも軽くなっていくというぐらいのことです。依存的に生きていくことで、これまで人生を培ってきた人から、その依存部分を一方的にはずすことは衝撃が強すぎますので、ゆっくりとやってく必要があるのです。

その2点ですかね。いまの1個1個の流派を最高のものとして、その中ですべてを片づけようとしてしまう… 要するにクライエントとセラピストとの関係が、ある種の境界線は必要だとしても、セラピスト、クライエントという関係性を超越することはどうしてもできない。

代表 そういう依存関係、それから派閥を超えるために、どういったことが今後必要になってくると思いますか?

吉福 まずこれからセラピーをする人に求められているのは、やはり人生経験を避けずに否定せずに、しっかりと積むことです。できるかぎり人生をしっかりと見つめながら逃げずに、失敗であれ、破たんであれ、何であれ、しっかりと受け止めて、目を覚ました状態で人生をしっかり歩むということだと思います。どういう形で歩んでも、人生は苦しいじゃないですか。いろいろな問題が出てきますよね。苦しくて問題が出てきたときに、そこから逃げないということなんですよ。つまり、それを受け止める。よく僕はいろいろなところでお話しして、セラピストの理想的な姿と言うのだけれど、人が生きていく上で遭遇すると思われるあらゆる形の艱難辛苦(かんなんしんく)、あるいは苦しみのようなものを、できるかぎり自分自身でも体験して、それによって人間観に大きなゆがみが生じず、妥当性のある人間観を持っていられるような人生を生きていけば、僕は、セラピストやカウンセラーとしては、最高だという気がしますけどね。

代表 まず経験を積む生き方、そしてそれをきちんと見つめる、開いておくということですね。

吉福 そうですね。自分自身を見る目を培っていかなければだめですよね。

代表 それは自己探求ということですか。

吉福 そうですね。自分を見つめる目ですよね。それがないとまずできないので、それが第一歩になるのかな。

代表 それが第一歩ですね。そういう経験をしていないとセラピスト/カウンセラーは難しいということでしょうか。

吉福 場合によっては機能することはあると思いますよ。だけど、本当に変幻自在にやっていくには、相当難しいという気がしますね。クライエントの人が、自分が人生の中で経験していること、想像もできないような苦しみの直中に存在しているときに、そんなことを経験していないとしたら、どう思う?

代表 うーん。まずそういうセラピストのところには行かないですよね。

吉福 行かないよね。もちろん一言二言だとか、ちょっとしたことで助けになることはあるかもしれないけれど… やはり抱えきれないですよ。僕だってこれまでも何人も、僕が経験したことからは想像できないくらい、苦しんでいる人に会ったことがあるわけですよ。やはりそういう人と会っているときは、僕はあなたがいま感じているだけの苦しみを、僕の人生の中で味わっただろうかと、とらえ返さざるをえないですね。そういう時に、やはり自分を見つめ直す目を持っていないと、闇雲に相手と自分のことを全部踏みにじってしまいます。そういった意味で自分を見つめるということが、非常に大切ですね。

代表 艱難辛苦を乗り越えていない方、言い方は悪いのですが、平々凡々と過ごした人は、セラピストを目指すことは無理なのでしょうか?

吉福 そんな人いないよ。艱難辛苦に直面しない人間は、僕は人間界に生きていない人だと思う。どんなに幸せに見える人、どんなに明るい人、何の苦労もしていない人の場合にでも、誰もがその人なりの相当な艱難辛苦を経験するというのは、生きていくということの前提条件だと僕は思うのです。ですから平々凡々と過ごしてきたというふうに、総じて自分の人生を振り返って思うことがあるかもしれないけれども、平々凡々な人生というのがあると僕は思えないです。

代表 ということは、その人が何も感じようとしていない、見ていないということでしょうか、そういうふうに自分に言い切る人は。

吉福 そうですね。自分を見つめる目がしっかりと開発されていないと、そういう感じになるときがありますけれど。

代表 では、ある出来事、例えば離婚や親の死などに直面しても、ある人にとってはものすごく人生を変えるような出来事であったり、ある人にとってはそんなに思わないということがあると思うのですが、この二つの違いについては何かあるのでしょうか?

吉福 そうですね。表面上何の衝撃も受けていないように見える人もいれば、表面上ものすごい衝撃を受けている人もいたりしますよね。だけど、そういう表面上のその人その人の反応では、僕は測れないと思うのです。その人の心の奥に入っていかないと… どうか分からないけれど、人によってその衝撃が大きすぎて、人格に問題が生じてくるという場合もあれば、衝撃が大きな人生を変えるきっかけとなって、新しい人生を歩み始めようとする人もいれば、さらにしっかりと自立しなければいけないとはっきりと気づいて、自覚自立の方向に走る人もいるんですよ。その衝撃の受け方の違いというのは、感受性の問題だけじゃないと思うのです。その時々のその人が置かれた人生の状況そのものですね。自分がいる状況そのものの影響も、すごくあるという気がしますね。ただ親の死の場合、誰もが必ず通過するものですね。自分が幼少の頃、自覚する機会がない頃に通過する人もいるかもしれないけれども、そうでない場合は、誰もが通過します。また、僕は大きな人生の関門の一つが親の死だと思っています。多くの人が誰かの親で、誰もが確実に誰かの子供ですから、その親子関係に、しっかりとした目を向けているかどうかということだと思います。親子関係というのは超依存が多いのです。その超依存関係からいかに抜けるかということですよね。その辺が大切になってくる気がします。

代表 その人が、どれだけ深くそこに自分自身を感じたか、ということが問題だということですか。

吉福 そうです。それで、どれだけ葛藤しているかだと思いますね、大切なのは。見つめてさえいれば、他の事にみんな通じていきますから。人生の艱難辛苦で、大きなそういう関門があるじゃないですか。関門で起こることというのは、基本的に人間が生まれてくることと、まったく同じことなのです。同じメカニズムが展開しますから。どんな些細なことでも、他のことでそのメカニズムを体験さえしていれば、すべてのことに気づくことが可能になってくるのです。

代表 経験以外に何かこういうトレーニングをしていたほうがいいとか、こういうスキルはやったほうがいいとかありますか?

吉福 スキルの問題は、やはり数多くの流派、やり方を出来得るかぎり、経験しておいたほうがいい気がします。テクニックそのものも、どんなものであっても、出来得るかぎり、しっかりと本気で、経験しておくに越したことはないという気がします。そういう新しいテクニックに出合える、新しいものが経験できるということがあったら、好き嫌いを言わず、ただ経験してみよう、やってみようと、躊躇せずにやったほうがいいという気がしますね。

代表 それは知識的ではなくて、自分自身が体験することを含めて、ですね。

吉福 そう。どんどん体験したほうがいいということですね。例えば、どこかの流派の中で認定されている人の場合でも、他のものをできるだけ経験していったほうがいいという気がしますね。

代表 次に、クライエントに対する心構え、態度、この辺はどういうふうな意識を持っていらっしゃいますか? 一番大切なところだと思うのですが。

吉福 心構えは持たないほうがいいのです。実際はクライエント、セラピスト/カウンセラーという関係性が最初はできあがってくるじゃないですか。だから、クライエントの人は、セラピストという人に対するアプローチをしてきますよね。そのときに、あまりセラピストだとかカウンセラーという意識を、強くは持たないほうがいい気がしますよね。とにかく「何でも来い!」の状態で、相手と対峙すること。相手が感じていることを、どんなことがあっても否定しないこと。そのあたりのことですね。それ以外は変に構えないということですね。少なくとも、セラピストの場合には、相手に好印象を持たせようとか、相手にこの人は力のある人だと思わせようとか、この人は十分に資格のある人だと思わせようとか、そういう気持ちを持たないことです。

代表 じゃあ、権威性は必要ないということですか。

吉福 まったく、もう邪魔にしかなりません。

代表 相手に信頼感を持たせるためには、心を開いておく状態が一番ですか?

吉福 一番いいです。また、信頼感は相手に持たせるものじゃないのです。自然に培われていくものだからね。だから信頼してくださいという言葉で言うことじゃ、全然ないのです。自然に醸成されていくものだから、相手に信用してもらおうという気持ちすらも、邪魔になるのです。

代表 この人は本当に信頼できる人だというのは、その知識やその人の持っている権威や、そういったものではないということですね。

吉福 そういうものでは全然ないでしょうね。それはまったく邪魔にしかならないと思う。知識と権威は臨床にはまったく必要ないのです。どんな知識も、現場では本当は必要ないのです。現場に行く前は、いろいろな知識があったほうがいいのです。でも現場ではまったくないほうがいい。だけど、知識はないとまずいのです。知識と経験はしっかりなければいけないのだけれど、現場では知識も経験も全部ないことにしてしまったほうがいいと思うのです。

代表 では、セラピストを目指す人において、日常の過ごし方や生活のし方において大切なことはなんでしょうか。

吉福 自分が受けてきたトレーニングというのは、自分の心にかかわる問題じゃないですか。そのことをトレーニングの期間中だけではなくて、日常生活の中でしっかりと応用し展開し活用しながら、自分の心をずっと日常生活の中で見つめていくことですよ、最も大切なのは。自分がどういう心の動きをするのか。いろいろな状況に、自分は置かれるじゃないですか。家族といっしょにいるとき、職場で同僚といっしょにいるとき、怖い相手の人ともめているとき、自分の心の中でいろいろな気持ちが起こるじゃないですか。その起こっているさまざまな、いろいろな多彩な状況の中で、自分の心の中で起こる心の動きを見つめていくのです。心の中にはさまざまなヒダがあり、人間は一つのことだけがポッと浮かんでくるわけではなくて、いろいろなことが浮かんできます。そこにはいくつかの層があるのです。そういった自分の心の動きを、しっかりと常に見つめていることですよ。それがすごく大切だと思うのです。それも答えを出そうとか、こうだと決めつけようとかいうことではなくて、ただ、じっと見つめていることです。良い悪いの判断は絶対入れずにね。

代表 人間はどうしても答えを出そうとしたがると思うのですが、答えを出さない意味はなんでしょうか?

吉福 それがすごく重要なんです。何でも「これはこうだ」と決めつけると、人は安心するじゃないですか。それをしないのはすごく大変なんです。不安定な宙ぶらりんの状態なんですね。それが目覚めの最低の道具なんです。ハッキリさせないことが、不安な状態と感じられなくなるような物の見方です。だからといって何も決定力がないとか、そういうことじゃ全然ないですよ。状況をただじっと、ジャッジをあまりせずに見つめている。そうすると分かってくることがいっぱいありますから。それまで見えなかったものがいっぱい見えてくるんです。

代表 そのほうがかえって大きな解決に向かっていくということですか?

吉福 はい、どんなことの場合でもね。

代表 遠回りのように見えて、そちらのほうが近道だということでしょうか。

吉福 そうですね。解決しなければいけない大半の問題は、人の心が深く関わっているのです。ですからそのほうがいいですね。ビジネスの世界は別ですが、私生活の中での切実さというのは、常に対人関係の中にいる自分の心、自分とか他者の心の問題ですから、変にこうだと決めつけずに、ただ見つめていく訓練するのはすごく役に立つと思います。

代表 なるほど。

吉福 こうやって聞くと、何も起きないように、何もしなくてボーッとした人間みたいに見えるかもしれないけれど、全然そうじゃありませんから。(笑)

代表 先ほども少し出ましたが、やはりいろいろな流派、いろいろな手法のスキルも、自分自身が体験しておくということも必要でしょうか。

吉福 そうですね。それはすごくいいと思います。

代表 もうトレーニングは、ある意味セラピストにとっては一生の問題、自己探求も含めて一生の問題であるということでしょうか?

吉福 そうですね。そのトレーニングも何かの流派のトレーニングを受けるというよりも、日常生活に、例えば変な構えなどを持たずに、セラピスティックな視点を持ち込んでいくことができれば、日常生活が最大のトレーニングですよ。セラピスティックな視点を持ち込むということは、誰かをクライエントと見ていくということではありませんよ。上手に持ち込んでいくことができれば、トレーニングを受けるよりも生活することの方が、はるかにいいトレーニングだと思う。

代表 当協会の講師陣ですが、吉福さんの目で見て、彼らなら大丈夫という基準があったと思うのですが、その辺の基準はどういったところに置いていらっしゃいますか。

吉福 まず人間性ですよ。人間性がすごく大切で、人間性に安定感があることですね。要するに、普通の生活をしている一般の人たちが、いったい何を感じながら生きているのか、ということに対する視線ですね。それを感じている人かどうかということだと思うのです。どんなに偉い、例えば禅のお坊さんでも、高い境涯の中にずっといるだけで、そういう境地にいない人のことがまったく分からないと、意味がないじゃないですか。それとまったくいっしょで、やはり人間性が安定していて、普通に今の社会の中で生きている人が、何を感じていて、どう思っていて、どういう人間観や社会観で生きているのか、というところをっかりと感じながらという人がすごく大切だと思いますね。さらにあまり欲のない人。出世欲、名誉欲、金銭欲というような、異性の場合も同じだと思うのだけれど、求めて求めて、そういったものを求め続けるという傾向があまりない人というのが、僕はやはりセラピーをやる上でも、セラピストを育てる上でも大切だと思う。

代表 最後の質問なのですが、このプログラムに、何を一番期待していますか。

吉福 第一は続けてほしいこと。もう何があろうとも10年、しっかりと続けてほしいですね。それが一つですね。もう一つは、力のあるすばらしいセラピストが生まれてきてくれたらうれしいね。

代表 吉福さんのおっしゃる力のあるというのは、どういうふうな力ですか?

吉福 力があるというのは、どんな人が来てもしっかり対応できるということですよね。他人を治せる人という意味じゃないんですよ。セラピストがクライエントを治せるとは、まったく思っていません。治せるとかじゃなくて、対応できるかどうかということ、つまり、逃げないということなんですよ。多くのセラピストは逃げますから… どんな人の場合でも少しきつくなると。逃げないで面と向かえる人を、力のあるセラピストと呼んでいるのです。

代表 逃げるというのはどういう意味でしょうか?

吉福 やはりしっかりした経験がいろいろないと、自分の経験では計りきれないことが、相手に起こっている場合があるじゃないですか。その場合に計りきれないんだ、自分では分からないんだということで、言葉にする必要はないかもしれないけれども、何らかの形でクライエントにしっかり伝えるというのが、まず必要になってくるのです。激しい状態にいる人と対応するときはね。それが逃げない一つの形です。

代表 常に自分を飾らない、真実を語るということですか?

吉福 そうですね。それに尽きると思いますね。逃げる人というのは、ちょっとしたことできっかけをつかんで、相手の出てきている症状の一部だけを上手くつかんで、対応できるものだけで誤魔化そうとするのです。そうじゃなくて、症状というのは全部出てきているサインですから、それをきっかけにして、中に入っていかなければいけないのです。入っていかないで、それを自分のシステムの中に逆に持ち込んできて、それでおしまいというふうにしがちなんですよ、セラピストは。

代表 なぜ、逃げてしまうのでしょうか?

吉福 怖いからですよ。どこに行くか分からないから。だから、クライエントの状態が酷くなることを、セラピストは恐れるわけです。だけど酷くならないと、基本的に全体的な治癒は起きません。逃げるのは、やはりその怖さでしょうね。怖さと無知と思い込みでしょうね。自分の知っているシステムの中で、どうしても理解したい。だからこっちがいかに理論的なバックグラウンドがあったとしても、そこにはまらないことは必ず起こってくるのです。理論で理解できないことが出てきたときに、理論を捨てて、その理解できないことのほうに、にじり寄っていくという姿勢が必要なってくる。そうしないと対応できませんからね。

代表 それだけクライエントと共にいるということは、大変なことだということですね。

吉福 そうですね。最終的にはそれなのだけれど、できることじゃないじゃないですか。

代表 この瞬間はこのクライエントのためだけにあるというふうな?

吉福 そうですね。クライエントのためだけにあるのだけれど、自分のためにいるのですよ。自分のためにいるのだけれど、クライエントといっしょにいる自分のためにいるのです。そのためだけにいる。そこで自分がクライエントの人から、徹底的に罵倒(ばとう)されて、経験不足だと言われても何をしようとも、そこから目をそむけないということですね。

代表 なるほど。そんな力あるセラピスト/カウンセラーを養成していきたいと思います。ありがとうございました。